企業において人を育てるのは誰の役割だろうか。そもそも育成とは何をすることだろうか。その1

社員にはいつも「会社が成長することは、すなわち会社を構成している社員が成長することだ。社員の成長なくして会社は大きくならない」と言っています。それほどに社員を育成し成長につなげることは重要な経営課題です。

それでは社員を育成、成長させるにはどうしたらよいのでしょうか。

目次

子育てといえば親の責任、では社員育ての責任はどこに?

子供はこの世におぎゃあと生まれ落ちた瞬間から成長を始めます。始めのうちは家庭が子供を育てる場となります。育て役は親です(祖父母や叔父叔母もあるでしょうけれど)。同様に学校も子供(学生)たちを育てる場です。育て役は教師です。その延長戦上にある部活も子供(学生)を育てる場であり、育て役は監督やコーチと先輩チームメイトです。

では、企業ではどうでしょうか。今やどの企業も人材育成を重要課題と掲げています。それなら仕事をする場は社員を育てる場となります。では育て役は誰でしょうか。

今回は、ラグビーの世界で名将として名高いエディ・ジョーンズ氏が日本の目黒高校で5日間指導しただけで、高校生が目に見える成長を遂げた話を題材に、企業における先生役について考えてみたいと思います。

エディー・ジョーンズ (ラグビー指導者)

企業における育て役は「第一に上司」でなければならない

企業における人事部の役割、職場の役割

大きな会社には「人事部」があります。人事部は社員に渡す給与の計算をしたり、種々の社内制度を作ったりすることと合わせて、社員の採用を行う、社員の教育プログラムを立案、運用するなど、人に関わる仕事をしています。

では会社における社員の「育て役」は人事部が果たす役割なのでしょうか。

企業において社員が成長する責任はあくまで本人にある

もちろん人事部には経営の必要性に応じて社員の研修プログラムを導入、実施する責任があります。でもそれは社員の育成、成長を側面支援する意味であり、本来的には社員は自分で努力して成長を遂げなければなりません。人事部の用意する研修プログラムはあくまでそのためのツールに過ぎません。

それはそうです。学校は、小学校から大学までどの過程を取り出したとしても、お金をもらって生徒、学生に教える場所です。たとえそのお金が私学のように生徒(正確には生徒の家庭)から支払われるのではなく、公立校のように国や自治体が負担するものとしても、学校側がお金をもらって教える機関であることに変わりはありません。生徒、学生は黙っていても教師に教えてもらえる環境にいるわけです。

しかし、企業においては社員の成長は、一義的には社員自身に責任があります。自分で成長していかない社員はクビにならないまでも給料は上がらない、平易な仕事しか任せられないなどとなります。給料は、社員が成長し会社に対する貢献度合いが大きくなって初めて上がるものです。

多少厳しめに言えば、企業では、企業が社員にお金を支払っている以上、社員は得ているお金に見合った働きをする義務と責任を負っています。それを果たせなければ解雇されるのが企業の論理です。当たり前ですね。

成長プロセスを本人任せにしていてはスピードに欠ける

とはいえ、現代の事業環境が目まぐるしく変化し、企業間で熾烈な競争が行われている中では、社員の成長スピードを加速させていかなければ、社員の総和である企業の力は相対的に低下していくことになります。

昔のように「俺の背中を見て覚えろ」というような職人気質の育成方法ではとても間に合いません。

そこで生まれたのが「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(O J T)」の考え方です。これは仕事の遂行を通じて教育を行い、育成、成長につなげるやり方です。あくまで仕事を進める中で成長を遂げることを主眼としていますが、そこにはただ「俺の背中」を見せるだけでなく、より効果的に成長スピードを早められるような工夫が加えられます。

O J Tで大切なのは上司の果たす役割

仕事を通じて育成するとなると、そもそもどのような仕事をアサインするか、任せた仕事についてどの程度上司が口を出し、どこから任せるのか、などについて本人の成長段階に応じてマネージメントしていかなければなりません。

となるとO J Tを実施していく上で一番大事な役割を果たすのは上司、マネージャーとなります。

と、ここまではどなたが読んでも異論のないところと思います。
問題はここからです。

組織でメンバー育成の役割を果たすのは上司だけ?

上司はメンバーの育成責任をどれだけ果たしているか

様々な企業その他の組織において、通例、上司、マネージャーと言われる人たちは部下、メンバーを教育、育成する責任を負っていることを理解しています。しかし、ちゃんとメンバーを教育、育成できているかといえば、なかなかうまくいかない、難しい課題となっている組織が多いのではないでしょうか。

どの組織においても、上司、マネージャーは大変です。まず留意しなければならないことは、上司だからといって皆が教えることを得意としているわけではない点です。

元々、人を教えることが大好きという人には、教師という職業の選択肢があります。世の中の学校教師は人にものを教えることが好きな人であるはずです。中には大学教授くらいになると教えるよりもひたすら研究することが好きという人もいるかも知れませんが。

ですから一般企業に就職した人は、たいていは教師になるほどには人を教えることが得意ではない人のはずです。その上マネージャーとなると、営業部長であれば売上責任、利益責任を負っていますし、経理部長であれば毎月の決算を期限に合わせてきっちり仕上げなければなりません。こうした業務責任を果たしながらさらにメンバー指導に当たらなければならないのですから大変です。

学校では育てる人は、実は先生だけではない

ところで。最初の方で学校では生徒を教育、育成するのは教師の役目と書きました。果たして教える役割は教師が全てなのでしょうか。

特に小学校から高校くらいまでをイメージしたときに、学校にはクラスがあり、クラスとしての活動があります。またクラスの中でもときに応じてグループに分けていわゆる「班行動」や「グループディスカッション」の時間があります。

この意味は、単に教師が教えることが学校の全てではない。生徒同士のコミュニケーションの中で互いに教え合ったり異なる意見をぶつけあったりしながら成長していくことを目論んでいる点にあるのでしょう。

ただこれは実は難易度が少し高いですね。それはそうです。教師が教えるのなら、その先生は授業の前に今日はここをこうして説明しようと考え、それを実践すればいい。もちろん想定外の質問が出たりもするでしょうが、まあそう大きく予定と外れることは少ないでしょう。

しかしグループ活動となると生徒たちに任せるウェイトが格段に上がります。教師の手の届かないところが増える。その中で教師が意図した成果を得られるかどうかといえば、かなり難しくなるのは容易に想像がつくところです。したがって練習が必要です。

同じ学校でも運動部では?

運動部の活動になると、それがさらに強まります。監督やコーチは部員たちに教え、育てることが仕事ですが、それは監督やコーチの専売特許ではありません。部活動には必ず先輩がいて、この先輩が下級生を教え、導くことが普通になされています。

必ずしも先輩だけでもありません。同級生でもより上手な子供が他の子に教える。場合によって下級生に教わることだってある。これが運動部の活動です。

さらに運動部では、ミーティングの時間というものがあります。よくあるのは車座に座って今日の試合の反省点を出し合ったりすることですね。ただこれも、ともすれば上級生だけが発言して下級生は「はい」と聞く形になりがちです。作戦の伝達という役目は果たしていますが、部員の成長の観点で機能していると言えるのかは難しいところです。

ただ部活動の場合、練習や試合を終えてグランド整備してボールや道具を部室に片付けて着替えて終わり、とは通常なりません。その後家に帰るまでの道があります。たいていは同学年のメンバーが一緒に帰ることになり、そんなときには試合や練習に関係ないバカ話もするけれども、今日の練習を話題にすることもある。あのとき、こう動いた方がよかったんじゃないか?いやいやこうだろ!のような自由なディスカッションが生まれたりもします。

とはいえ、このような半ば偶然のコミュニケーションに任せていては育成しているとは言えませんね。

世界の名将 エディ・ジョーンズが日本ラグビーに教えたもの

エディが教えたのはラグビーの技術、戦術よりもっと大切なこと

エディはそれ以前に日本代表監督を務めていたので日本ラグビーの問題点を把握していた

以上のようなことは全国のどこの運動部でも普通に見られる光景です。そんな日本のスポーツ界にラグビーの日本代表監督として招聘されたエディ・ジョーンズさんは奥様も日本人で日本のことをかなり理解されているかたでした。

そのエディは、日本のラグビー界をどう見ていたのか。彼は「上意下達の世界」に見えたと言っています。「上意下達」とは、国で言えば統治者の意思、考えを正確に民に伝達することを指す言葉です。まあ、お上(かみ)の言うことは正しいのだから黙っていう通りにきけの世界ですね。ちなみに「上意下達」は「じょういかたつ」と読みます。「じょういげたつ」ではありません。

エディは目黒高校を一目見て足りないものを認識した

エディは2015年のW杯で日本代表を率い、南アフリカに勝利する大金星をあげ、その後イングランド代表監督に就任しました。2019年に日本で開催されたW杯でイングランドが準優勝したのは記憶にも新しいところです。

そのエディが多忙の合間をぬって2017年に来日、NHKの番組企画として目黒高校ラグビー部を5日間指導しました。

目黒高校は、全国制覇を狙っている高校です。エディから見ても、ボールのキャッチ、スローなどの基礎技術はしっかりしていると見えました。しかし、エディには決定的に足りない点も見えていました。

足りないのはコミュニケーション

それは「コミュニケーション」でした。日本の高校の運動部ですから当然声は出ています。何十年も前から「声出せ」は運動部で必ず言われることです。

しかしエディから見ると「まるで金曜日の居酒屋のようだ。意味もなくただ大声を出しているだけ」

「8番は俺が(マークに)行く(からお前は13番に行け)」などの意味のあるコミュニケーションがなかったのです。コミュニケーションがないためにディフェンスのポジションが微妙にずれる、攻撃側はそこをつけばディフェンスラインを突破することができるわけです。

そうは言っても急にやれと言われたほうも大変です。実際、選手は「普段やったことがないので、体を動かしながら同時に声を出してコミュニケーションをとるのは難しい」と言っていました。それでもたった5日間で見違えるように変わったのは伸び盛りの高校生だったからでしょうか。

エディ・ジョーンズの言う「声のエナジーとは」

オーストラリアでは練習時間は1日90分

日本の高校の運動部はたいてい月曜日から土曜日まで毎日練習し、日曜日に試合が組まれたりするものです。また1日の練習時間も3時頃から日が暮れるまでというのが通例です。

しかしエディ・ジョーンズが目黒高校で行った練習時間は90分です(番組ではたった5日間しかなかったので、それとは別に5時半からの早朝練習も組まれていましたが)。エディの祖国オーストラリアではそれが当たり前なのだとか。

エディは言います。「日本はオーストラリアよりも何倍もの時間を練習に費やしているのになぜオーストラリアより弱いのか。それは練習のやり方に原因がある」

練習は試合の鏡でなければならない

エディの練習はすべて実践を模して組まれています。初日にいつもの目黒高校のスタイルの練習を見たエディは疑問を呈します。「なぜ3人のディフェンスで1人の選手をタックルに行く練習をするのか。そんなシーンは試合では滅多にない」

「練習は鏡のように試合とそっくりにする」これがエディの考える練習なのです。

練習を止めてグループで話し合わせた意味は

また、エディはゲーム形式の練習でも3対3の練習でも、いつでも気がついたことがあるとすぐにホイッスルを吹いてゲームを止めます。そしてみんなを集めて話す。

ポジショニングの悪さを指摘することもあれば、コミュニケーションが取れていないと話すこともある。「君はなぜ全力で走らないんだ。歩きたいのだったらグランドから出て外を散歩してこい」と言うこともある。話し終わると再びゲーム再開。

こんなこともありました。ゲームを止めたので今度は何を教えるのかと思ったら、エディは問題提起をするだけで(そのときは「ディフェンスはボールを見るのか相手選手を見るのか」が提起された問題でした)、2つとか3つのグループに分けてその場で話し合わせるのです。

ラグビーやサッカーは野球と異なり、選手たちはひとたびピッチに出たら監督、コーチから細かく指示を受けることはできません。試合中は常に選手が自分たちで考え、プレーをしていかなければならない。エディの言葉では「ラグビーの試合は状況判断の連続だ。だからそれを鍛えないといけない」となります。

練習を止めてグループで考えさせるのもそのためなのですね。

コミュニケーションを活発にする意味

ラグビーはチーム競技です。と言うことはいいプレー、いい試合をしようと思ったら自分だけが頑張っても足りません。チームメンバーみんなにいいプレーをしてもらわなければなりません。

ピッチに出たら監督、コーチの指示は届かないから自分で考えなければならないとは上で述べましたが、それは自分のプレーのことだけを考えることを意味しません。俺はこう動くからお前はこっちに行ってくれなどとチームメイトのプレーの質が上がるようにも努めなければ勝てません。

それがコミュニケーションです。仕事でもスポーツでも大切なことはアウトプットすることですが、個人競技であれば一生懸命考え、練習したことを試合で出せば良いけれども、チーム競技ではチームメイトを巻き込んでチームとしてアウトプットしなければなりません。そのためには喋ること。他人には自分から喋らなければ伝わりません。

赤チームと黒チームの選手を一部入れ替えた意味

目黒高校の練習はゲーム形式のものは赤いビブスチーム対黒いビブスチームで行います。赤がレギュラー陣、黒が控えメンバーです。

もっとコミュニケーションをとれと言われると、やはり赤チームの方が早く修正できていきます。黒チームはなかなかできません。それを見たエディは言います。「黒チームはなぜ喋らないんだ。黒のメンバーは赤チームより劣っているのか。」すると黒チーム、思わずうなずいてしまいます。

メンタルは大きいですね。自分たちには難しい、自分たちにはできないという気持ちがあるとやはりできないものです。ここでエディは赤と黒のメンバーを一部入れ替えます。

するとどうでしょう。バンバン声を出す元・赤いビブスチームの選手に引っ張られて黒の選手たちの動きが変わります。ボールをよこせとの声が出るようになる。エディの言い方を借りれば「声のエナジー」が見事に発揮されたシーンでした。まさにエディマジックです。

エディの練習はこんな風に進んでいきます。ですから練習時間はたった90分でも選手たちはとても疲れると声を揃えていました。単にフィジカルな運動量で疲れると言うよりも90分間に脳味噌をフル回転させることにより全身ぐったりという印象でした。

エディのコーチングから我々企業が学ぶこと

得意先との商談に常に上司が同行できるわけではない

仕事は野球型でなくラグビー型

僕たちの仕事の場面を考えてみます。たとえばお客さんと価格面でハードネゴになったとします。たいていのケースでは商談のときに隣に上司は座っていません。でも相手はこちらを全権大使であるかのように答えを求めてくるものです。

困った場面に遭遇してもベンチを振り返ってサインを出してもらうことはできません。ラグビーやサッカーのように一度ピッチに出たら自分で考え、判断することを求められます。

上司がいなくても正しい判断をできるようにしなければならない

それではどうしたら一人で正しい判断を下せるようになるのでしょうか。

それは日頃からトレーニングするしかありませんね。エディの言う「練習は試合の鏡」でなければならないのです。

たとえばロールプレイイング。特に若くて経験の少ない社員には有効な指導方法です。上司や先輩が商談の相手役になって本番を模した練習をする。それを周りで仲間が見ながらアドバイスを与えるわけです。仲間からの「声のエナジー」を浴びることです。

とはいうものの、商談で起き得るありとあらゆる状況を想定して事前にロールプレイイングをするなど不可能です。商談とは常に応用問題の連続です。

そうであれば、上司と打ち合わせするときにも、この話を得意先の◯◯さんに言ったらどんな反応が返ってくるだろうか。そのときにはどうリアクションしたら良いか。などなど、常に商談の本番をイメージしておくことに尽きるのではないでしょうか。

自分にアサインされた仕事の本質、目的について普段から考える。考えて考えて考え抜くことが大切なのだと思います。

上司、マネージャーはメンバーをどうリードしていけばよいのか

O J Tの本質とはただ経験値を増やすことにあるのではない

本稿の前段で社員育成のためのO J T(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の重要性に触れました。営業商談で言えば、何度も商談を経験することで成長につなげていくというものです。

よく、修羅場の経験が人を一番成長させるとも言います。これは真理ですが、それだけに頼っていては成長スピードは心許ない。経験を本人がどのように受け止め、理解し、次の成長につなげていくのか、そこには本人任せで終わらせない指導方法がなければいけません。

続きは次回の記事で・・

ではメンバーをいかに早く成長させていくか。これもエディのコーチングが参考になります。次回の投稿でお話ししたいと思います。

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この記事を書いた人

山田文彦
 株式会社クレハトレーディング代表取締役社長
 社員の力をどうやって高めていくか? これが毎日考えているテーマ
 日本一の会社にしたいと真面目に考えています

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