初めに白状しなければなりません。
服を着るときの前合わせに右前と左前という用語がありますね。洋服のときは男女逆になりますし、和服では男女とも同じ。それは知っていましたが、どっちが右前でどっちが左前かというといつもよくわからないものでした。
今回、ちょっと思いつくところがあって調べたのですが、何ごとも調べてみると勉強になると改めて感じた次第です。せっかくですので共有しておこうと思います。
和装は右前か左前か
右前、左前 どっちがどっち?
和服を着るときの前合わせは男女ともに同じです。これは知っている人が多いと思います。またその合わせ方を右前ということも日本人なら常識と思っていらっしゃるかたも多いことでしょう。
ところが僕にとってはこれがよくわからなかったのですね。男女同じということは知っていましたが、果たしてその呼び名は右前?左前?
左が前に来るから左前かと思えば、世間では右前と言っているような気もするし。どっちだろう。実はこれまで長い間この状態が続いていましたが、あまり真剣に人に尋ねることもせず放置しておいて、ようやくこの歳になって理解したということですから、誠にお恥ずかしい話です。
和装の合わせ方は「右前」が正解
着物を着たときには、自分の左側の布が前方に、つまり表側に出ていて、右側の布を上から覆っているような形になっています。ですから「左前」と言いそうな気持ちになります。
しかし、この「前」は前方の前でなく、時間的に前なのだそうです。その意味では「さき」と読んだ方が良いかもしれません。着物を着るときの作法を分解すると次のようになります。
- 左右の身頃を両手で持ち、身体の真正面で合わせる
- 自分の右側の身頃を身体に巻きつける
- 左身頃を重ねる
右側の見頃をさきに着付けていくので右前というわけです。また「右の身頃が手前に来る」から右前というと説明する人もいます。いずれにしても和服の合わせ方は「右前」と呼びます。
奈良時代には合わせかたを決めた法律があった
洋服はボタンがありますから、前の合わせかたは必然的に決まります。一方、着物はボタンがないので、どちらを前にしても着ることができます。それなら人によって合わせかたはまちまちであっても自然なように思いますが、合わせ目の小文字の「y」の部分にモノを挟んでポケットがわりに使うには、右利きの人にとっては右前が都合が良い。それで右前が通例となったとも言われています。
実際大昔はどうだったのかは想像するしかありませんが、実は奈良時代には法律ができていたそうです。719年に「右前」にして着用するようにと定められたとの仰天記録があり、ちょうど当時は遣唐使を派遣していた頃ですから、中国の文化・習慣にならったものと考えられています。
当時の中国では、位の高い人は「左前」で衣服を着ていたため、庶民はそれと区別するために「右前」にしていたと言われ、日本もまねて命令を出したのでしょう。高貴なおかたは、自分でモノを持ち運ぶことはないでしょうからポケットも必要なかったでしょうね。
死装束はなぜ「左前」か
和装は右前が決まりとはいえ、人が亡くなったときの死装束は左前にします。
この理由は諸説あるようです。ひとつは、昔は人が死ぬと神仏に近い存在になると考えられており、死装束のときは貴人と同じく左前に着せるというものです。そうなると「左前は死人の着方だから縁起が悪い」というのは適切な考え方ではないですね。
もうひとつは、葬儀に関係するものごとは、通常の逆に行なう「逆さごと」の習慣から来ているというものです。これも僕は今回初めて知りましたが、死者の世界は、この世とは逆になっているとの考えかたがあるそうです。
ですから、枕元に屏風をひっくり返して立てる「逆さ屏風」、水にお湯を注いでぬるくする「逆さ水」、死者のふとんを天地逆さにする「逆さ布団」などの作法があり、死者の着物も逆さに着せる意味で、「左前」を死装束としたということです。
商売が左前になるとは・・
死装束が左前なのは上記の通り立派な理由があるのですが、一方で、死の持つ縁起の悪い意味合いから、「運気が下がること」「経済的に苦しくなること」「物事が順調にいかないこと」「思いどおりにいかないこと」の意味で「左前」が使われることがあリます。
「家業が左前になる」などの言い方を聞くことがあるのはこの意味ですが、もしかしたら亡くなったかたに失礼な言い方かもしれませんね。
洋装の前合わせはなぜ男女で反対になるのか
洋服にはボタンがある。
一方、洋服の世界では「男性は右前」「女性は左前」となっています。
こちらも諸説ありますが、13世紀頃にボタンが発明された際に、右利きの人にとってはボタンがが左側にあった方がとめたり外したりしやすいため右前になったと言われています。
サーベルを体の左側に持っているため、右前の方がサーベルを抜きやすいからとの説もあるようです。
女性の前合わせが反対なわけ
上記の理由で、洋服も右前になっていたのですが、男性は自分で洋服を着ていた一方で、上流階級の女性は召使いにボタンを留めてもらっていたため、召使いがボタンをとめやすいように、女性は左右逆になり左前になったという説が有力のようです。
この説の派生形にはなかなか面白いものがあって、上流階級の女性の理由はその通りなのだが、下層の女性たちは仕事を持っていて、ボタンを外すのに両手など使わない、両手でボタンを扱うのと違って片手でボタンを外すには左前の方が早いのだという説まであります。
また乳児に授乳するとき、左手に子供を抱えておっぱいをあげるには左前の方がやりやすい、馬に横乗りするときに風が服に入りにくいなどの説もあります。
(とすると、女性が馬に横乗りになるときには進行方向に向かって左向きに乗るのがスタンダートなります。確かにGoogleで検索すると進行方向左向きに乗っている画像が圧倒的に多く引っかかります)
とはいうものの・・
ここまで説明してきてからこの後の話をすると、なんだよ、それを早く言え、と怒られてしまいそうですが、実はヨーロッパでも、男性が右前、女性が左前とそれほどハッキリ決まってはいなかったとの説もあります。
ナポレオンは18~19世紀の人物ですが、肖像画には右前左前、どちらのパターンもあるそうで、現在のようにハッキリと決まっていったのは、18世紀末に出版された服の仕立て教本によるとも言われています。決定的に定着したのは、1892年に創刊されたアメリカの『ヴォーグ』を始めとするファッション誌で男性が右前、女性が左前で掲載されるようになったことがトリガーとなり、そこから一般に定着したとも言われています。
もっともナポレオンは不可能のない人物でしたから、右前も左前もなんでもありだったのかもしれません。
参考にしたサイト(ありがとうございました)
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